五福通りについて

長い歴史のなかで受け継がれてきた西大寺の町並みには、様々な時代や人の物語が根付いています。そんな物語の片鱗を、町を歩くことで感じられるかもしれません。マルシェにお越し頂いた際はぜひレトロな町並みの魅力も満喫ください。

五福とは

五福通りの「五福」とは、人生の五種の幸福、すなわち、

■寿(寿命の長いこと)

■富(財力の豊かなこと)

■康寧(無病なこと)

■好徳(徳を好むこと)

■終年(天命をもって終わること)

で、西大寺会陽(はだかまつり)で裸衆が奪い合う宝木(しんぎ)は、この五福を授ける意味で与えられたことから、この通りが五福通りと呼ばれるようになったといわれています。

五福通りの歴史と看板建築

五福通りの歴史

西大寺は江戸時代には西大寺観音院の門前町として発展し、また東側には吉井川が流れ、高瀬船による上流地域との貿易で発展した地域でもあります。明治以降門前町の商店街が大きく発展し周辺の経済の中心としてにぎわいを見せていました。中でも五福通りは商業のための主要道路として使用され、町家による町並みが形成されていました。昭和5年から11年にかけて、バス等を通すために道路拡幅が行われ、道路側の1階等の軒先が切られ、看板建築に改造する家も多くあり、現在のような特徴のある町並みが造られました。

特徴的な看板建築

明治時代までの表通りには、主に正面に軒を出した町家と呼ばれる建物が軒を連ねて建っていました。昭和初期前後になると防火及び道路側の壁面線を揃える法令の普及や2階面積の拡大に伴って、建物前面に壁を立ち上げ銅板やモルタルで仕上げた建物が全国で造られ、後にこの形式の建物を看板建築と呼ぶようになりました。

ロケ地として注目される五福通り

レトロな雰囲気がロケ撮影に大人気で、これまで以下の映画やドラマのロケ地に使われました。

■カンゾー先生

■ALWAYS三丁目の夕日

■とんび

■ALWAYS三丁目の夕日’64

■魔女の宅急便

ALWAYS~三丁目の夕日~ 撮影風景  
とんび 撮影風景  

町並みの保存について

五福通りでは建物の老朽化や後継者不在、空き店舗等の問題を抱えている方も一部にいらっしゃいます。しかし、平成26年にマルシェがスタートして以後、この五福通りに新たに出店するお店が増え始め、平成29年度中までに6件のお店がオープンする運びとなりました。マルシェを通じて少しでも多くの方々にこの五福通りの存在と歴史的価値を知っていただき、五福通りのファンを増やすことが、将来に渡りこの町並みを維持していくことにつながるのではと考えております。

五福通り及び周辺地域の建物群調査

五福通りの学術的価値を正確に把握する事を目的に、平成24年に岡山商工会議所西大寺地域活性化特別委員会から岡山市へ提言し実現。五福通り及び周辺地域に現存する江戸・明治・大正および昭和初期の建造物の特徴を学術的に位置づけ、まちづくりに活かすことを目的に、岡山理科大学大学工学部建築学科教授 江面嗣人氏へ委託して2年間にわたり実施。

<調査結果>

・吉井川での貿易により明治30年代という早い時期から商家の発展が見られる。

・昭和初期、トラック・バスが通行できるよう住民が自主的に軒切りを実施し、現在の看板建築群が生まれた。

・重要伝統的建造物群保存地区(重伝建)制度の対象に十分なり得る建築群である。

建物マップ

五福通り及び周辺地域の建造物群調査の結果を観光客にもわかりやすくまとめたMAPを作成

 

重要伝統的建造物群保存地区(重伝建)

町並み保存の方法の1つとして、重伝建制度の活用があります。文化財の一種で、国(文化庁)から選定を受けることで、市町村が行う修理・修景事業,防災設備の設置事業,案内板の設置事業等に対して補助し,税制優遇措置を設ける等の支援が受けれれる制度です。

岡山県内では現在以下の3地域が重伝建の選定を受けています。

倉敷市倉敷川畔地区(昭54.5.21選定)

津山市城東地区(平25.8.7選定)

高梁市吹屋地区(昭52.5.18選定)

重要伝統的建造物群保存地区について(文化庁HP)